獣の奏者 Ⅲ・Ⅳ

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 以前紹介したファンタジーに続編が出ていました。
続編があるのなら、前に批判した点は取り消さなければと思ったのですが、完結編の後書きによると、「…〈闘蛇編〉〈王獣編〉で完結した物語でした。」と有ります。 それが佐藤多佳子さんという作家が、「もっと読みたい…。この完璧な物語の完璧さが損なわれてもいいから」(ちょっと褒めすぎじゃないかと思いますが)と書いているのを読んだことや、アニメ化の時の見直しによって続きを書く気になったとあります。
 ともあれ、あの終わり方ではなんだか落ち着かなかったので、続きが読めるのは結構なことと思いましょう。

前作から時が経ち、リョザ神王国の真王(ヨジェ)セィミヤと新大公(アルハン)シュナンが結婚することで両陣営の争いは一段落しているが、まだまだ不満と対立はくすぶっている。
主人公エリンは母校の教導師となって王獣を世話しているが、結婚してジェシという息子もいる。
彼女の夫が前2作で真王の護衛士「堅き楯(セ・ザン)」だったイアルというのは、ちょっと意外。 前作で二人が心を通わせる場面はあったのですが。 この作者はよっぽど武人がお好きらしい。

Ⅲ巻探求編の始めではエリンが母の死の原因となった闘蛇の大量死の謎を解明するなど、前作での疑問点はかなり明かされていきます。 しかし、それは真王の祖先やエリンの母の一族「霧の民(アーリョ)」が守ってきた戒めを破ることになります。
一方で砂漠の向こうの国ラーザが闘蛇部隊を養成して国境を伺い、外敵の脅威も迫ってきます。
Ⅱ巻王獣編の最後で、エリンが王獣を操って闘蛇を蹴散らして見せた威力が期待され、王獣部隊を作るように命じられます。 それは獣を道具として使いたくないエリンの心に反するだけでなく、王祖や霧の民達がかつて住んでいた神々の山脈(アフォン・ノア)の向こうの地を滅ばしたという、災厄を招く危険もあることでした。

前2作に比べるとストーリー展開が重視されているようで、自然描写が少ないのがちょっと残念ですが、それはそれで良いと思います。 敵国ラーザの事情については、楽師ロランの伝聞であっさり伝えているのも良いんじゃないかと思います。 前2作や「守人・旅人シリーズ」後半の政治向きの話はなんだかわざとらしくて、ちょっと読みにくかったので。
けれど後半のエリンの葛藤。 自らの志に反し恐ろしい災厄の危険を冒しても、使命を果たし真実を見極めるために、命を投げ出すことも覚悟する。 一方、愛する息子と家庭への思いに引き裂かれる悲哀。 というのが、きちんと描かれているにも関わらず、もう一つ胸に迫ってこないのです。
おかしな言い方かも知れませんが、善悪は別として、平穏な幸せを諦め、全ての責任を背負い命さえ捨てようとするエリンの神の如き意志よりも、身勝手な好奇心から残酷な手術で動物人間を作り出し、彼らの上に神として君臨するモロー博士の狂気の方に、より人間らしいものを感じるのです。

前2作で気になったのは、国と政治を巡る問題が、当時、世論をにぎわせた9条を含む改憲問題と絡んでいるような気がしたこと。
最終的には、武力は抑止力にならず破滅をもたらすだけ、という結論になりそうですが、これも最近の雰囲気を反映しているのでしょうか?
この作に感じられる、そういう現実との連動のようなところには、ちょっと危うさを感じます。


獣の奏者 探求編、完結編」    上橋菜穂子作(講談社