名探偵と海の悪魔

 本作は2020年発表の作者の2作目のミステリーだそうですが、1634年バタヴィアジャカルタ)からアムステルダムに向かうオランダ東インド会社の帆船ザーンダム号が主な舞台。 主人公は一応、名探偵サミュエル(サミー)・ピップスの助手兼ボディーガードかつ友人のアレント・ヘイズという事になるんでしょう。 あいまいな言い方をするのは、普通に言うミステリーとはちょっと違うところがあるから。 一応探偵としたけれど、この時代は捕り物士と呼ばれているという設定で、サミーはその呼称を嫌って謎解き人と自称している。 大男で武張ったアレントと小柄で美男子のサミーは熊と雀とあだ名されているが、その外見や役割に反して二人の出自は正反対らしい。 実は教養もあるアレントが書く二人の冒険談は、人気の読み物になっている。
 ところが、冒頭でそんな名探偵サミーは囚人としてアムステルダムに護送するためザーンダム号に引っ立てられ、相棒のアレントは自由の身でそれに付き添っているという、いきなり訳のわからない展開。 ザーンダム号には帰任する元バタヴィア総督とその家族が乗船し、いわくありげな〈愚物〉(ザ・フォリー)という荷物も載せられる。 そんな出港準備中の港でザーンダム号の破滅の予言がなされる。 それを裏付けるように次々現れる、悪魔の印と囁き、謎の船灯、怪人物、嵐、そしてついに起こる殺人事件、と予想のつかない事態の続出。 その謎と脅威に挑戦するのはアレントだけでなく、総督夫人サラや娘のリア、牧師の弟子で解放奴隷のイサベルなど。 
 これらの人物や乗員が次々登場する始めの方では、誰もが訳ありで秘密・計画・裏の顔がありそうな印象。 誰が犯人でもおかしくないし、誰が探偵役なのかもわかりにくい感じです。 でもその曖昧、混沌とした状態は別に不快ではなくて、もっとよく知りたいと読み進めるモチベーションになります。 最後に謎解きがされると、前の小さなエピソードが伏線になっているところがあって、伏線好きの人には楽しいでしょう。 ただ、人が死に過ぎるという感はありますが。
 最後の方に別の船が出てくるのですが、殺伐としたザーンダム号に比べて、その船の乗員の静かで秩序ある様子にアレントは驚きます。 それは金の力だ、とその船の実質的な主は言います。 十分に賃金を払って、秩序を保つためにも金を使っているという事でしょう。 賃金はケチって暴力と競争、憎しみで支配するザーンダム号とは正反対だけれど、それは社会においても言えることじゃないかと思いました。

 結末は続編があってもおかしくない終わり方なのですが、現在のところ予定はないとのことです。 続きがあるとすると、ちょっとジャンルの違う話になりそうで、そのシリーズが数回続いた後で、前日譚として本作があるならわかりますが、逆は無いかなと思います。

 

「名探偵と海の悪魔」    スチュアート・タートン 作
              三角 和代 訳(文芸春秋