天地明察

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主人公とテーマの面白さが際立つ作品です。
江戸時代、800年ぶりの改暦を実行した渋川春海の物語。

渋川春海とその改暦事業についても、歴史教科書に1行ぐらい書いてあった気がするのですが、それがこんなにも長い年月をかけ大勢の関わった大事業とは、読めば納得するのですが、そうそう思い当たる物ではありません。
このテーマを見つけた作者の着眼の良さに感心します。

暦というものは空気と同じように、そこにあって当たり前のような物。 しかし、それが政治、経済、文化、宗教にどれほど大きな意味を持つものか。 これもちょっと考えれば分かるのだけれど、言われてみなければ気が付かない。 主人公を取り巻く脇役に、従来の歴史物なら主役級の大物が配されているのが、事業の重大さを示しています。
その中心となる渋川春海は、別名安井算哲という江戸城の碁打ち衆。 算術、測地、暦術への興味と知識が幕府の顧問的存在、会津藩主・保科正之や老中(後に大老)酒井雅楽頭の目にとまり、北極出地(北極星の高さによる緯度計測)のメンバーに指名される。 それがきっかけとなって、二十数年に渡る改暦の大事業に取り組むことになります。
この春海の人物像がなかなか良い。 これだけの事業をやりおおせる天才なのですが、一見そうとは見えない、自分で付けた名の如くどこかホンワカとしたヘタレにも見えるキャラ。 それでいて、ここぞという時には開き直って頑張ってしまえる。 現代の若者にも共感を持たれそうです。
春海を取り巻く算術家・村瀬義益やその大家の娘えん、会津藩士・安藤有益、北極出地の上役・建部昌明、伊藤重孝らの人物像も楽しい。

従来の歴史・時代物では武将や政治家が主人公になることが多く、文化を取り上げても文人墨客の話が多いのですが、算術・暦学といった理系文化を取り上げたところに新鮮さを感じます。 
本作のもう一人の重要人物が春海と同年齢の天才算術家・関孝和。 実際の登場はずっと後の方ですが、冒頭から春海はずっと彼の影を追っています。
関孝和ニュートンライプニッツに先がけて、世界で初めて微分積分の考え方を発見していたという天才ですが、それを支えるものとして冒頭の算額絵馬に示される、年齢性別、身分を越えて江戸時代に流行した算術熱があります。 日本の文化は決して情緒的なものだけではなかったのです。

本作のように、今までとは違った視点で新しい素材を発掘し、面白い作品が出てくることを期待します。



天地明察」   沖方丁角川書店