鹿男あをによし

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ちょっと前、テレビドラマ化されていた物。 私はドラマは見てませんが、題名が記憶に残ってました。

一読して、これも漱石の「坊ちゃん」のバリエーションだなと分かります。
語り口が似てるし、(おそらく)東京から地方の高校(ただし女子校)に赴任した若い教師が主人公。 主人公を取り巻く状況もよく似ていて、マドンナまで登場するとあっては。
でも、舞台にした奈良の風物や歴史を上手く取り込んで、楽しめる物になっています。

研究室の事情で、産休の代替教師として2学期だけ奈良の私立女子高校に赴任することになった大学院生の主人公。
いきなり受け持ち生徒の奇妙な反抗に驚かされます。 この生徒の名は堀田イトというのですが、堀田というのは「坊ちゃん」の「山嵐」の本名ですね。 その後も、行動を監視されて黒板に書き立てられるという状況が続きます。 主人公の母親の手紙も「坊ちゃん」の清のそれを連想させます。
しかし、「坊ちゃん」と違って、職場の人間関係には恵まれているようです(「坊ちゃん」でも主人公が毒舌なだけで、表面的には上手く行ってるのかも知れませんが)。 下宿先として受け入れてくれた美術教師の重さんとその母、実は年下だが教師としては先輩の「かりんとう」好きの歴史教師、藤原君、紳士で人気のあるリチャード(・ギアのことらしい)こと小治田教頭(この人も歴史が専門)、その他の人に支えられて何とか教師生活のスタートを切ります。

ところが、ある日突然、奈良公園の鹿に人間の言葉で話しかけられるという事件が。
学校では、京都、大阪の姉妹校との対抗戦「大和杯」を控えて剣道部の顧問になるよう求められ、主人公のまわりの動きがあわただしくなります。
鹿は主人公に京都の狐の使いから「目」とよばれるある物を受け取って取り次ぐように言います。 それは国を守る鎮めの儀式に使う貴重な物で、京都、奈良、大阪の三都で60年ごとに順に受け継がれていく物らしい。 「大和杯」と関係あるのではと、主人公は考えます。
大阪の鼠の嫌がらせで「目」の受け取りに失敗した主人公は、鹿に「印」を付けられてしまう。 日一日と顔が鹿に変わっていくのです。 ただ、他人の目には分からないようなのですが。
鼠から「目」を取り戻さなければ、この国は大変なことになり、自分も鹿の顔のまま。 取り戻すためには大和杯に勝たねば。 そこに何故か堀田が剣道部に入部して、優勝を目指そうとします。
対抗戦の勝負と「目」の行方は? 「目」の正体とその役割は? 主人公は元の顔に戻れるのか?
興味を引きつけて話は盛り上がっていきます。

おおかたの謎が解決した後の幕切れも爽やか。 
登場人物の名前や、細かい伏線の落ち、藤原君の「かりんとう」の謎も解明される配慮も嬉しいです。
ただし、鹿せんべいは匂いこそ香ばしいけど、食べておいしい物ではありません。 実は子どもの時、食べてみたことがあるんです。 おからか糠で出来ていて、味はありません。 主人公がおいしいと感じたのなら、その時点で鹿になり始めていたのかも。


鹿男あをによし」 万城目学作(幻冬舎)