魔術師ペンリック

L.M.ビジョルド五神教シリーズの新作。 実は本作を一番最初に読みました。

舞台は3作目「影の王国」と同じウィールドだけど、時代はだいぶ後のようです。 そして主人公ペンリック・キン・ジュラルドはウィールド人ではなく隣接する連州出身。連州は「影の王国」でも名前は出ていましたが、小貴族領地の集合体で現実のスイスをイメージしているらしい。

そんな貧乏貴族の末子ペンリックが、旅の神殿魔術師である老女ルチア学師の臨終に行き合わせてしまったことから、彼女に憑いていた魔に飛び移られてしまう。 この世界の魔術師は魔を身に憑け、その力を操って魔術を行うものです。 馬を乗りこなすように魔を乗りこなす、魔の「乗り手」ともいわれています。 乗り手が亡くなると魔はすぐ傍にいる人または生き物に飛び移ります。 神殿魔術師の場合は死期が近づくと後継者が準備されて魔を受け継いでいくのですが、準備中の旅の途中のハプニングで、想定外のペンリックに魔が移ってしまった。 本人も周囲も大慌て。 本来は魔は引き離されて庶子神に返されるところが、例によって庶子神の気まぐれか、ペンリックはそのまま魔術師の訓練を受けることが許されます。

この魔というのが、10人の女性とその前は馬とライオンに取り憑いてきたという年古りたもの(推定200歳以上)。 過去の乗り手の人格や記憶が残像として残っています。 またペンリックと会話するときは彼の口を借りてそれぞれの乗り手の口調で喋るので、傍目にはおかしな独り言を言っているとしか見えない。 慣れれば無言の(心の中で)会話もできるようですが。 大勢の人格の集合体というのがややこしいので、ペンリックはこの魔の総体にデズデモーナという名を贈ります。 名前を付けるということは「ゲド戦記」や夢枕版「陰陽師」では何度も出てくるように相手の本質を押さえることになるのですが、ペンリックにはそんな意識はないし、作中人物の誰もそのことには気づいていないようです。 作者の隠れた意図はあるかもしれませんが。

身の内に優秀な家庭教師を多数抱えたようなペンリックは、魔術師の訓練を比較的短期間で終え、4年後の2話目ではマーテンスブリッジという町にある王女大神官の宮廷魔術師になっています。 

王女大神官というのは伊勢の斎宮のような位置づけでしょうが、斎宮とは違って町の行政官でもある。 「影の王国」では全く出てこなかったのですが、ストーリーに関係なかったからなのか、当時は無くてその後、ビアトス王(当然彼が聖王になったでしょう)がわけありになった妹ファラ王女のために作ってやった制度かもしれない、などと想像をめぐらすことができるのは、シリーズで読んでいればこその楽しみ方です。 王女といっても当代のルレウェンは現聖王の叔母にあたる老女。 やり手でしっかり者なのは、1作目「チャリオンの影」の主人公カザリルの恩人パオシア藩太后を彷彿とさせますが、茶目っ気と好奇心が強そうなのはその孫イセーレ国姫の老成した姿のようでもあります。

その王女大神官に気に入られてペンリックはのびのびと力を発揮しているようです。 2,3話目は彼を探偵役にした推理物の趣があります。 謎を解く仲間が王認巫師イングリス・キン・ウルフクリフ(2話目では追われる方ですが)や父教教団の上級捜査官オズウェル。 第3作「影の王国」の中心であった禁忌の古代ウィールドの魔術は、この時代には王家によって承認され、研究や術者の養成が行われています。 精霊戦士は承認されていないようですが動物精霊を使う巫術は認められている、それが「王認」という意味ですが、「影の王国」でも出てきたような民間に伝わる系譜もあるようです。 そのあたりのことが本作では体系的にまとめて説明されています。 「影の王国」ではストーリー中心で説明しきれていなかったことをはっきりしておきたいというのも、本作が書かれた理由の一つかもしれません。 五神の説明が第1作「チャリオンの影」ではあいまいで、2作目「影の棲む城」でまとめて説明されているのと似た感じです。 上級捜査官というのは上級がついているけれど実体は中間管理職ということで、現代推理物で主人公に事件を持ち込む警部のような役回りですね。

王認巫師イングリスは「影の王国」の主人公とよく似た名前ですが、ウルフクリフは大きな氏族だし、イングリスやイングレイはジョンやジョージのようによくある名前のようだから、直接の子孫かどうかはわかりません。 同じ狼憑きですが。

本作は前3作と違って、国家や世界の運命がかかっているような大事件は起きないし、比較的気軽に楽しめます。 明るい雰囲気は主人公ペンリックの前向きで楽天的なところからきているのでしょう。 中編の連作になっているのも読みやすさのひとつです。本作だけ読んでも五神教世界を楽しむことができるでしょう。

 

「魔術師ペンリック」 ロイス・マクマスータ・ビジョルド 作

           鍛治 靖子 訳 (創元推理文庫