影の王国

L.M.ビジョルド五神教シリーズの3作目。 場所も年代も前2作とは全く異なる森の国ウィールド。 400年前、五神教国ダルサカのアウダル大王に征服され、その150年後に復活した、13人の選帝侯に選ばれた聖王が統治する国です。

古代ウィル-ドでは氏族を表す獣を生贄にし、その霊を憑依させて力を取り込んだ精霊戦士が活躍していた。 その森の魔法は邪法としてアウダルに殲滅され、新生ウィールドには引き継がれていない。 だが、全く消滅したわけでなく秘かに伝わっているらしい。 主人公イングレイ・キン・ウルフクリフも父によって狼の精霊をつけられた異端の貴族。 同時に術を試みた父は死に、イングレイは何とか神殿に赦免されたものの故郷の城を追われ、国璽尚書ヘトワル卿に拾われて仕える身です。

そのイングレイが今回ヘトワル卿に命じられたのは、蟄居中の狩りの城で死んだ第3王子ボレソの遺体と彼を殺した侍女を都に護送すること。 イングレイの予想に反して事態は思ったより複雑で、ボレソは禁断の魔法で獣の霊を体内に取り込む儀式を行っており、その時彼が取り込もうとした豹は、抵抗した侍女イジャダに憑いてしまったというのです。 イングレイは美しいイジャダに惹かれるのですが、面妖なことに自身の意思に反して、何度も彼女を殺そうとします。 それは何者かに植え付けられた呪のせいで、その背景には病篤い老聖王の後継をめぐる様々な思惑と陰謀があるようです。

負傷しながら都に向かうイングレイ一行の前に現れたのは、彼の従兄弟で王女ファラの夫であるウェンセル・キン・ホースリヴァ氏伯。 ファラ王女はイジャダの前の主で、ボレソの求めに応じて彼女を譲っていたのです。 そして二人と浅からぬ関係にあるウェンセルもやはり馬の霊に憑かれていることが分かりますが、ただそれだけではないようです。

イジャダの審判、聖王の後継問題、古代の魔法、神々の意思、錯綜する問題をめぐって神官たちや後継候補ビアトス王子、さらに南の島の王子ジョコルなど個性的な人物も加わって、物語はどこに進んでいくのでしょう?

 

前2作とは全く別の世界なので、これだけ読んでも特に問題はありません。 神々の説明があまりないですが、それは1作目も同じでした。 様々な問題が錯綜して、ちょっとゴタゴタした感じも1作目と似た印象です。 前2作ではほとんど登場しなかった御子神が、本作では姿を見せています。 

主人公以外の登場人物の個性が強いのは前2作以上です。 女性神官ハラナは2作目の主人公イスタのその後をぐっと庶民的にした感じですが、ちょっとやりすぎかも。 せめて産前産後にしなければよかったんですけどね。 欧米の女性は日本に比べて産後もアクティブですけど…。 南の島の明るい詩人王子ジョコルは割と好きです。 南といっても方位が逆転している世界なので、地球なら北のヴァイキングの王子というところ。 氷熊のファーファをペットにしています。 ウィールドのビアトス王子も、他の人々に比べるとぐっと平凡に見えてしまいますが、優れた人物だろうと思います。 二人の王子が、両国の友好関係を築いてくれるのを期待できそうです。

用語に関しては、前作よりは抵抗が少なかったです。 あとがきで訳者は「(作者の造語が多いので)読者が好きに読んでくれてかまわない」と書いていますが、読み方が気になると楽しめない人も多いはず。 面白いシリーズなのに、もう一つメジャーじゃないのはそのあたりのことが有るのかも。

 

「影の王国」上・下  ロイス・マクマスター・ビジョルド 作 

           鍛治 靖子 訳 (創元推理文庫