魔術

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名作を絵本に仕立てるというのはよくあります。 宮沢賢治新美南吉といった人たちの童話は絵本にしやすいだろうと思います。
この作品は、必ずしも子ども向けでない芥川龍之介の短編を絵本にした物ですが、浪漫的な内容と絵の雰囲気が合った見ごたえのある絵本になっています。

主人公は外国人と交際し、倶楽部で遊ぶ若く裕福な教養人。 その背景は語られていませんが、しょうゆ顔、イケメンの風貌は芥川の若い頃を想定しているのでしょうか?
文字で読む時は読者が自由に想像出来る登場人物を、多数の納得出来る姿に描き表すのは難しいと思います。 ここでは作者のイメージに近づけていますが、作品が一人称で語られている事もあり、それは成功していると思います。

その主人公が、ある雨の夜、1月程前近づきになった若いインドの愛国者で魔術の大家でもある、マティラム・ミスラ君を訪ねます。 評判の彼の魔術を見せてもらうためです。
魔術の場面はやはり絵本ならではの見栄えがします。
すっかり魔術に魅せられた主人公は、欲さえ捨てれば誰でも魔術を使えるというミスラ君の言葉に、魔術を習う事を強く願います。
それから1ヶ月後の雨の夜、
主人公は銀座の倶楽部で友人達にせがまれて魔術を披露するのですが…。

人間の欲、それは必ずしも物欲に限らないのですが、その断ちがたさ、業の深さを考えさせる内容です。

郊外と都心の雨の夜の対比。 華々しい魔術。 登場人物の心を表す表情。
絵本の利点を生かして見事に表現されています。
優れた文学作品というのは、読んでいてその情景が目に浮かぶ物ですが、芥川の作品は特にその要素が強く、絵本向きなのかも知れません。


「魔術」 芥川龍之介作 宮本順子絵(偕成社; 原作は「芥川龍之介全集」《筑摩書房》より)