図書館島

オロンドリア帝国という架空世界が舞台のファンタジー。 そこはテルカンと称される王に支配される広大な帝国で、構成する地域はそれぞれに独自の文化や言語を持っています。 
主人公ジェヴィックは紅茶諸島という辺境の南の島生まれ。 描写される自然や風俗は一般に思われている”南の島”そのままな感じ。 この群島で使われるキデティ語には文字がありません。 しかしジェヴィックは、裕福な農園主である父がオロンドリア本土から伴った家庭教師ルンレ先生によって文字や本に触れ、魅了されていきます。 やがて父が亡くなり、後を継いだジェヴィックは憧れのオロンドリアの首都である港町ベインに旅立ちます。
ところがその船旅で難病の少女ジサヴェトと出会ったことからジェヴィックの運命は大きく変わり始めます。 交易の合間にベインの生活を楽しんでいたジェヴィックのもとにジサヴェトの幽霊が現れるようになるのです。 療養先で奇跡が起こらず死んだ彼女が、島の風習に反して火葬されなかったため迷っているのだと、ジェヴィックは考えます。 オロンドリアでは古来の女神アヴァレイ信仰で死者の霊は天使、霊と交流できる者はアヴネアニー(聖人)として崇められていました。 しかし、砂漠で見つかった〈石〉に記された神の言葉を信奉する教団が勢力を伸ばし、天使信仰は迷信どころか違法とされるようになっていたのです。
幽霊におびえるジェヴィックは精神疾患としてベインの北、浄福の島にある灰色の館に監禁されます。 一方で彼を聖人として利用しようとする女神アヴァレイの大巫女や大神官アウラム、なぜか彼らと手を結ぶ王子たちはジェヴィックを島から脱走させ、大陸の東の山岳地帯に導きます。 宗教紛争に巻き込まれ、故郷の少女の霊に安息を与えたいと悩むジェヴィック。 彼らに王の兵士の追っ手も迫ります。

オロンドリアはヨーロッパよりは西アジア北アフリカのイメージに近いようで、独特の雰囲気があります。 そこに少しなじみ難さも感じます。 またオロンドリア語やキデティ語といった独自の言語、詩作・書物・伝説などの引用が多いのも目立ちます。 「指輪物語」でもエルフ語や古代の詩や伝説の引用がありますが、「指輪ー」ではストーリーの中に引用がある感じだけど、本作は引用がストーリーを作っていく感じで、そのピースがピタッと収まらなくてデコボコしたり穴が開いたりしているように感じられるところがありました。  巻頭の地図、巻末の用語集は読み進む助けになりましたが、地図には作中出てこない地名もあって、かえって見にくく感じました。 主人公が辿る道筋を点線などで示してもらえれば良かったかもしれません。
本作を手にしたのは「図書館島」の題名と美しく想像をかき立てる表紙絵のためですが、浄福の島にある世界中の書物を集めたという王立図書館は本作のストーリーとはあまり関りがなく、なぜこの題名にしたのか疑問です。 原題はA Stranger in Olondria(オロンドリアの異邦人)で、その方が内容をよく表していると思います。

図書館島」   ソフィア・サマタ― 作
         市田 泉 訳 (東京創元社