翼ある歴史 図書館島異聞

架空世界、オロンドリア帝国を舞台にしたファンタジーの続編。
前作の最後に少し触れられている王子の戦争の顛末が、前後の背景も含めて4人の女性を主人公に四巻の歴史として語られます。

巻の一 剣の歴史はアンダスヤ(ダスヤ)王子の従妹である女性軍人のタヴィスの一人称で語られる。 実は彼女や王子の母方は、首都ベインや帝国の中心部で〈谷〉と呼ばれるファイアレイスから遠く離れた東のケステニア地方の(ネイン人の血を引く)貴族出身で、彼らはそこで育ち、その地方に愛着を持っている。 タヴィスが王子の戦争に参加する理由の一つは遊牧民フェレドハイを中心とするケステニア独立のためでもある。
1人称で語られて時間が行きつ戻りつするのと、新たにケステニア語やフェレドハイの言葉が加わるので、この巻の一はかなり読みづらかった。 最初の地図と末尾の用語集を行ったり来たりしながら読むので話が頭に入ってこない。 巻末の「われらの共通の歴史より」でようやく状況を把握できる感じ。
「共通の歴史」は各巻末にあって、本編に語られていないところを補足してくれているが、必ずしも客観的な歴史ではなくて、個人的な話になって、位置づけが曖昧なところも。
巻の二は前作にも登場した〈石〉の司祭の娘ティアロンが主人公。 前巻末の「共通の歴史」とこの巻で、〈石〉の由来や内容の一部が明らかになってきます。 前作では〈石〉はモーゼの十戒の石板の様なものかと思っていたのですが、もっと複雑な、ある意味豊かなもののようです。 司祭イヴロムはオロンドリアで信仰されるアヴァレイ女神以前の神々の言葉を記したとする古代語の文しか認めないのですが、他にもオロンドリア語を含むさまざまな言語での書き込みがある。 司祭はそれらを孤児と呼んで後世の無知な民の落書きとみなすのですが、そこに興味を持つ者もいます。 前作の主人公の恩師ルンレも実はその一人でした。 ルンレが〈石〉の司祭やティアロンと関係が深いことは前作でも示されていましたが、その関係や司祭との対立の内容がここで述べられています。
王子の軍が浄福の島ヴェルヴァリンフゥを占拠し、王子の父テルカンは自死、司祭は殺害され、ティアロンは幽閉されます。 しかし、王子は奇妙な病に倒れて反乱は頓挫し、タヴィスは昏睡状態の王子を鞍鳥イロクに載せて島を脱出する。 彼らの叔父、ベイン公ヴェダが島に来て事態の収拾にあたる。  解放されたティアロンはヴェダ公爵の予想に反して〈石〉に興味を示さず島を去っていきます。
 巻の二が一番読みやすく、ティアロンが主人公たちの中で最も感情移入しやすかったです。 天涯孤独になったと思われた彼女に寄る辺があったのは救われる思いです。 アヴァレイ信仰は復権したが、〈石〉が破壊されなかったのも良かった。 人目に触れにくくなったとはいえ、いつか宗教ではなく孤児も含めて〈石〉が学問的に研究されたら面白いと思うけど、作者はそこまで書いてくれないでしょうね。
巻の三は, ケステニアに戻ったタヴィスのその後を同性の恋人であるフェレドハイの歌姫セレンの語り(をタヴィスが筆記したもの)で、巻の四は脱出後の王子とタヴィスの姉シスキの運命を過去の回想を交えて述べています。 前作でオロンドリアは西アジア北アフリカの雰囲気と書きましたが、巻の四を読んでいるとアメリカ合衆国に重なってきました。 ケステニアが西部の砂漠・放牧地帯、ベインやファイアレイスが都会的な東部というように。 ここも東西が逆転した世界かもしれません。 
巻の四で、王子が後継が約束されているのになぜ反乱を起こすのか、その背景となる彼の過酷な運命が見えてくるのですが、あまり同情する気になれませんでした。 巻の二の終盤で彼らが部下を見捨てて鞍鳥で脱出する場面ですっかり嫌いになりましたから。 タヴィスの忠実な部下ヴァルスが気の毒でなりません。 ティアロンとのやり取りを見てもヴァルスはいい人みたいですね。 結局、王子やタヴィスらは自分の都合や好みで部下たちを死に追いやり、多数の人々に犠牲を強いている。 特権には責任が伴うのに、その自覚は全くありません。 彼らが軽んじるヴェダおじ様の方が、ヴァルスら巻き込まれ組に重罰を与えず復興に従事させようとするなど、人間的にだいぶましです。

前作の反省があったのか、表題「翼ある歴史」は原題直訳です。 でも副題の「図書館島異聞」はちょっと疑問を感じます。 話としては本作が歴史の主流で、前作はその片隅の辺境の個人の物語なので、位置づけが逆に感じます。 それに図書館は本作でもあまり重きをなしていない。 前作でアヴァレイの大神官は図書館を焼き払うと豪語し、実際火がつけられるのですが、全てが灰燼に帰したわけではない。 そもそも前作からアヴァレイ神殿と〈石〉の教団の争いを、語られる言葉と文字による言葉の争いとしていますが、ピンときません。 〈石〉の教団だって人々に語りかけるし、アヴァレイ教徒も文字や書物を用いています。 〈石〉の教団によるアヴァレイ教徒弾圧の象徴とされる学校の焼き討ちも、教団が禁書とした本を用いていたからで、口伝や口承そのものを弾圧したわけではありません。 謳い文句と内容がずれているのはなんだか気持ち悪く、前作のネーミングの違和感もあって、次に同じ作者の本が出ても読むかどうかは微妙な感じです。

 

「翼ある歴史 図書館島異聞」  ソフィア・サマタ― 作
                市田 泉 訳(東京創元社