闇の左手

イメージ 1

以前から「ゲド戦記」について書きたいと思いながら、なかなか取りかかれないでいます。

私は作家じゃなくて作品で読む方なので同じ作家のものでも好き嫌いがあるし、極端な話、同じシリーズの続編にがっかりさせられることもあります(最近多いんですよね)。
だから、その作家の他の作品は関係ないはずなんですけど、アーシュラ・K・ルグィンは興味深い作家ですし、中でもこの作品はちょっと気になっていました。

と言っても知っていたのは題名だけで、他は全く予備知識無しに読んでみました。

本書は〈ハイニッシュ・ユニバース〉と呼ばれるシリーズの1つです。
この世界では太古の昔、超高度な文明を誇った惑星ハインが数多くの惑星(我が地球もその一つらしい)にヒト型生命の種をまいています。 一時は衰退したハイン文明はその後復活し本作の舞台となる遠い未来には、かつての植民星との間に平和的な星間連合〈エクーメン〉を形成しています。 エクーメンはさらなる〈失われた植民星〉に使節を送って連合への参加を呼びかけています。

本作は極寒の惑星ゲセンを訪れた地球出身の使節ゲンリー・アイの苦闘の物語です。

エクーメンの使節はたった一人で星を訪れることになっています。 交渉成立後の対応や失敗時の撤退に備えて近辺の宇宙に母船が待機しているのですが、到着には数日かかり、基本的に全ての交渉を一人で行わなければなりません。 それは惑星の住人に脅威を与えない配慮なのですが、たった一人での活動は負担が重く、それに加えて惑星の文明に特有の習慣や思考が交渉の障害となります。

使節に先立って(惑星の住人に)秘密裏に派遣された調査隊によると、ゲセンの住人は全銀河に類を見ない両性具有の社会を形成しているのです。 彼らは周期的に訪れるケメルと言う発情期にのみ繁殖可能な形態、つまり男性か女性に変化するのですが、どちらになるかは固定されておらず自分の意志でも決められないようです。 ただ薬を使って時期を調節したり抑えたり、どちらかの性にすることは可能なようです。 ゲセンの文明は(本作が発表された)地球の20世紀半ばの文明と同じくらいですが、自動車やラジオはあるけれどテレビや空飛ぶ機械はありません。

このような惑星ゲセンの中でゲンリー・アイが最初に降り立ったのはカルハイド王国、近代的な文明は持つものの、どこか中世的な儀式や習慣も残している国です。 この国でのゲンリー・アイの交渉は遅々として進みません。 両性具有のゲセン人は「組織化された社会攻撃性」を持たず『戦争』という概念がないのですが、彼らがシフグレソルと呼ぶ体面・面子へのこだわりが強く、その本心が掴めないのです。 しかもカルハイド王アルガーベンは愚鈍な狂気の人物で、ゲンリー・アイやエクーメンに好意的に対応してくれた宰相エストラーベンを追放してしまいます。

自身は自由を保障されたゲンリー・アイですが、カルハイド王国を去って隣国オルゴレインを訪れます。エストラーベンもこの国に亡命していました。
オルゴレインは人民政府・共生委員会が統治する中央集権国家で旧ソ連を思わせる国です。 それに対するカルハイドは西欧、あるいは領国の集合体であることからアメリカ合衆国を戯画化したものでしょうか。
オルゴレインの実力者達はゲンリー・アイに好意的、合理的に対応してくれるように見えましたが、一般国民には彼の存在は全く知らされていません。 情報統制が行われているのです。 陰でこの国の実権を握っているのはサルフという秘密警察組織。 ゲンリー・アイは彼らに捉えられて厚生施設に送られ、薬漬けにされます。 サルフは彼を抹殺しようとしているのです。

その彼を救ったのがエストラーベン。 周到な準備と実行力でゲンリー・アイを施設から救い出し、広大な氷原を越えて、二人はカルハイドとの国境をめざします。

この極寒の無人の原野を行く長く過酷な旅の間に二人が心を通わせていく過程が本作の中心なのですが、それを補っているのが、所々で引用されているゲセンの神話や伝説です。
「闇の左手」という題名も、エストラーベンが引用するハンダラ教(カルハイドの宗教)のトルメルの歌から来ています。

   光は暗闇の左手(ゆんで)
   暗闇は光の右手(めて)
   二つは一つ、生と死と、
   ともに横たわり、
   さながらにケメルの伴侶、
   さながらに合わせし双手、
   さながらに因ー果のごと。

ここに「ゲド戦記」にも取り上げられる「光と闇」の問題、2つは対立するものでなく補い、移り変わり、2つで1つのものであるという考えが述べられています。 
それはジェンダーの問題とともにU・K・ルグィンが生涯をかけて追求しているもので、「ゲド戦記」について考える上でも、本書を読んで良かったと思います。 〈ハイニッシュ・ユニバース〉シリーズの他の作品も読んでみたいと思っています。



「闇の左手」  アーシュラ・K・ルグィン作(ハヤカワ文庫SF)