黄金旅風

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久々に書くのは、これまた久々に読んだ重厚な時代小説。

作者は昨年、島原の乱を題材にした「出星前夜」で大佛次郎賞を受賞。
受賞作を読みたいのですが、なかなか巡り会わず、その前日譚といってもいい本作を読んでみました。
といっても、二作に直接のつながりはありません。 
本作は島原の乱に先立つ1628(寛永五)年から1633(寛永十)年までの長崎を舞台にした、海外貿易とキリシタン弾圧を巡る物語。

本好きの私ですが、このところあまり重いものを読んでなかったので、始めちょっと取っつきにくさを感じました。 でも読み進むうちに登場人物の魅力に引きつけられていきました。
中心人物は長崎の貿易家で後に父の代官職を継ぐ、末次平左衛門。 父・平蔵政直はカピタン平蔵とあだ名されるやり手の貿易家ですが、平左衛門は少し毛色がちがっている。 ろくでなしの不肖の息子といわれて勘当状態。 野心家で強引な父に反発して放蕩三昧だが、実は貿易の才と人望を持ち合わせています。
長崎代官(正確には外町代官)というのはいわゆる時代劇のお代官様ではなく、町民のまとめ役、地役人の身分です。 お代官様のイメージに近いのは長崎奉行で、これは旗本や小大名が任じられます。 
諸外国のアジアにおける勢力と貿易の利権を巡る争い、キリシタン弾圧の嵐の中で、私腹を肥やし、勢力を伸ばそうと企む長崎奉行・竹中采女正と、町民の命と生活を守ろうとする平左衛門らの戦いが、物語の中心になります。 

平左衛門や彼の親友で内町火消し組の頭・平尾才介らの魅力は、広い見識と、ものにとらわれない心。 彼らには私欲が無く、人種民族に関係なく、弱い者、縁のある者を護ろうとします。 義侠心というのでしょうか。 それが海外貿易・異国との交流の自由な気風に裏打ちされているところが、この時代の特色なのでしょう。 しかし歴史は、すでに彼らが生きにくい鎖国と弾圧の時代へと入っています。
キリシタン弾圧の巻き添えで犠牲になる鋳物師の悲劇がそれを象徴しています。 このエピソードは長与善郎の名作「青銅の基督」を思い起こさせますが、元になる史実があったのでしょうか?
次作、「出星前夜」につながる世界でしょう。

題名の「黄金旅風」は何を意味するのでしょう。
統制、制限を意味する銀に対して、自由を象徴するのが黄金ではないかと思います。
当時は銀本位制で通貨の基準は銀でした。 また中国からの主な輸入品である生糸も白糸は幕府の糸割符制で統制されていました。 それに対して南方系の黄糸は自由に取り扱われています。 
その黄糸の元になる黄金の繭、才介が愛し琉球人が祖先の魂とあがめた、はるばる南の島から渡ってくる黄金蝶。 制限、統制されて自由が失われていく時代に、平左衛門達はその黄金の輝きにかすかな希望を託したのではないかと思えます。
 

「黄金旅風」  飯嶋和一作(小学館