ラビリンス ~ 時代を超える聖杯の秘密

イギリス女性アリスは、フランス南西部の山での発掘調査にボランティアとして参加していて、岩に塞がれていた洞窟を発見します。
洞窟の中は祭祀場の様で、奥の岩壁には迷路のような模様が刻まれ、2体の骸骨が横たわっています。 骸骨がはめていた指輪の裏にも、壁と同じ迷路の模様が…

この発見は発掘隊の周辺や警察に奇妙な反応を起こし、指輪も行方不明になってしまいます。
アリスの身辺には、さらに不可解な出来事が続き、発掘に誘ってくれた友人の考古学者も行方不明になります。

一方、時を遡って13世紀の初め、フランス南部の町カルカソンヌの城内に、若い騎士の妻で治療師でもあるアーレスが住んでいました。 彼女の父ベルトラン・ペルティエは、あたりを支配するトランカヴェル子爵家の家令ですが、古代から伝わる聖杯守護者の一人という秘密の使命を持っていたのです。

そのころ、フランス南部(ラングドック地方)は北部とは言葉も文化も違い、キリスト教の異端者やユダヤ人などの異教徒にも寛容な土地柄でした。
それを非難する教皇や北部のカトリック勢力は、異端カタリ派弾圧を口実に軍勢を送り込んできます。 歴史に言うアルビジョワ十字軍です。

十字軍が侵攻する中、アーレスは父から守護者の使命と共に聖杯の秘密を記した書と指輪を受け継ぎ、他の守護者達と合流して、秘密を守り伝えようとします。

800年の歴史を隔てた2人の女性の話が交互に語られ、聖杯を巡る秘密が次第に明らかになっていきます。
聖杯を狙う勢力の存在も…。

謎解きのサスペンスとしても楽しめますが、背景の歴史を知っていれば、一層面白いでしょう。

カタリ派やアルビジョワ十字軍というのは、世界史で言葉だけ聞いた事があるのですが、この本で語られている史実を見ると、ヨーロッパ中世のイメージが変わります。
カタリ派がなぜ異端とされたか、世界史の教科書には詳しくないのですが、その善悪二元論や輪廻転生の考え方は、私たち日本人にはむしろ親しみやすさを感じます。
その、むしろ穏やかな人々を異端として弾圧するばかりか、異端摘発に協力しないカトリック系住民まで虐殺したベジエ陥落の惨状など、キリスト教史の汚点でしょう。
その忌むべき歴史が今、堂々と語られることは、あの「ダヴィンチ・コード」でフィクションとはいえキリスト教のタブーを扱ったことや、長い間反キリスト的とされてきた魔法使いが主人公の「ハリー・ポッター」が大流行していることと共に、現在が思想の大きな転換期に当たるのではという思いにさせます。

聖杯というのもキリスト教の伝説として知られていますが、本書では古代エジプトに起源を持つものとしています。 その時代を超えるスケールも魅力です。

ただ、ちょっと物足りないのは、悪役の背景が十分に書き込まれていなくて薄っぺらに感じること。
特にアーレスの姉オリアーヌの悪女ぶりと聖杯の秘密に対する執念は、アーレスと父に対する嫉妬というだけでは説明がつきません。
オリアーヌは容姿も性格も(北部)フランス人であった母親にそっくりと言われているけれど、その母と父ベルトランはどういういきさつで出会って結婚したのか? 母親は聖杯の秘密や夫が守護者であることに気づいていたのか? そもそもそれが目当てでベルトランに近づいたのではないのか? そのあたりのことが全く語られていないので疑問に思います。

現代編での悪役マリー-セシール・ドゥ・ロラドールについても、ステレオタイプで漫画チックな感じさえします。
アリスがアーレスの子孫でおそらく生まれ変わりなのは良いとして、現代と中世の対応がやや安易に過ぎる気もします。

そういう細かい点を気にしなければ、まずまずの読み応え。
聖杯の使命の厳しさや、アーレスと夫ギレムの運命の転変とその結末にも納得いく気がします。

エピローグで、アリスが感じる聖杯の真の意味には共感を覚え、救いを感じさせてくれます。


ケイト・モス作 森嶋マリ訳(ソフトバンク クリエイティブ)