海駆ける騎士の伝説

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日本でもおなじみのダイアナ・ウィン・ジョーンズのデビュー前の作品。 
そう思ってみると、ジョーンズらしいオモチャ箱をひっくり返したような賑やかさはなく、いわば普通のファンタジーですが、習作とは思えない完成度です。 後書きによると6つの連作の最後の作品だそうで、この現実世界と、隣り合う中世を思わせる世界を行き来する物語です。 

本編は19世紀のイギリスに住むセシリアとアレックスの姉弟が主人公で、彼らが住む海岸地方には不思議で恐ろしい死の国とそこから現われる運命の騎士の伝説があります。
ある日彼らはその騎士に出会ってしまうのですが、それは死神などでなく、古めかしい服装や物腰以外は普通の若者のようです。 彼はロバート・ハウフォース卿と名乗り、自分は伯爵だが無実の罪で追われていると語ります。
数日後、追っ手に追われるロバートの姿を目撃した二人は、その身を案じて異世界に踏み込んでいきます。

中世そのままのファレーフェルの城、その主である少年大公エヴァラードとアレックスの争いと和解、エヴァラードの父でありロバートの叔父である前大公殺害の真相、とおおよその話の予測はつくのですが、細部や世界観がしっかりしていて、十分読み応えがあります。

この物語のもうひとつの柱は、現実世界でのセシリア、アレックス姉弟と近くに住む貴族コーシー家の子どもたちの関係です。
成り上がり者の農場主であるアレックスたちの父親はコーシー家に近づき、子ども達にも付き合いを強制するのですが、両家の子ども同士はしっくりいっていません。 階級、身分による意識や行動の違いが壁を築いています。 この現実世界の中で、また別の世界があるようです。

ジョーンズの作品は多元世界を舞台にしているのが特徴ですが、そのルーツには、身分が違えばまったく別世界というイギリスの階級社会があるのかもしれないと思いました。
そういえばミュージカル「マイ・フェアレディ」は下町娘が別世界である上流社会で成功するという一種のファンタジーですね。

こちらでも、本当はアレックスたちと仲良くしたいコーシー家のハリーとスザンナ兄妹が二人を追って異世界に入り、やがて和解、協力に至ります。

ジョーンズの作品では価値観の異なる世界が並立して、その違いに性急に優劣や善悪の判断を下さず、世界が異なれば価値観も異なることを容認した上で、主人公たちが自分の信念に基づいて行動していきます。 その点が、文化の異なる日本でも彼女の作品が受け入れられている理由ではないでしょうか。

そう考えると、この作品にはすでに、彼女のそういう世界観が現われているといえるでしょう。



「海駆ける騎士の伝説」 ダイアナ・ウィン・ジョーンズ作 野口絵美訳(徳間書店