ヒストリアン

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アムステルダムに住む16歳のアメリカ人少女が、父の書斎で、竜の絵だけを印刷し後は白紙という、不思議な古書を見つけます。 
問われた父ポールが語り始める、本にまつわる奇妙ないきさつ。 
何故か彼はその話を家ではせずに、仕事で出かけるヨーロッパ各地の旅先に少女を伴った時に、少しずつ話していきます。
大学院時代に不思議ないきさつで本を手に入れたこと。 同様の本を指導教官である優秀な歴史学者(ヒストリアン)ロッシも持っていて、その謎を解こうとして出くわした不可解で恐ろしい体験を話してくれたこと。 その直後、ロッシは本に関する資料と手紙をポールに残して失踪し、そこから本の謎とロッシの行方を追うポールの冒険が始まります。
ところが、話を途中にしたまま父自身が行方不明になり、今度は少女が父の行方と本の謎を追うことになります。

物語は、現在50代の歴史学者であるヒロインの回想として語られ、1930年代のロッシの調査行を語る彼の手紙、父ポールがロッシを捜索する1950年代、少女が父の後を追う1970年代が交互に語られて一つの謎に迫っていきます。

その謎は挿絵の竜が持つ旗に記された言葉、”Drakulya”すなわちドラキュラ。 あの吸血鬼ですが、本書でも何度も言及されるブラム・ストーカーによる「ドラキュラ伯爵」ではなく、そのモデルとなった15世紀のワラキア公ヴラド・ツェペシュ。 その遺骸の行方と吸血鬼伝説が、少女の母の「死」の謎とも絡まって解き明かされていきます。

謎解きの過程はもちろん面白いのですが、その旅の先々の町や村、文化遺産や自然の風景描写がさらに興味をかき立てます。 映画化が計画されているようですが、東欧を中心としたヨーロッパやトルコの風物を生かせば、見応えのある物になるでしょう。

ポール達は旅の途中で、さらに同じ挿絵の本を持つ歴史学者達と出会い、協力を得るのですが、その1人がトルコ人学者であるのは面白いと思いました。
ヴラド・ツェペシュオスマントルコ帝国との苛烈な戦いで知られているのですが、そのかつてのキリスト教徒の敵側の人間が、吸血鬼探索行の味方として現れるのは、トルコのEU加盟も検討される現代の情勢を反映した物でしょう。

それにしても、キリスト教国の最前線で異教徒と戦ったヴラド・ツェペシュが、なぜ十字架を恐れる吸血鬼と言われるようになったのか? かねがね不思議に思っていましたが、その謎の答えは本書にもありません。
ツェペシュとは「串刺し公」。 彼の残虐な所業を象徴する言葉ですが、以前、歴史上実在したヴラド・ツェペシュについて書かれた物を読んだ時、私は織田信長を連想しました。 彼の母国ルーマニアでは救国の英雄として人気が高いとも書かれていましたが、信長の場合も、同様に残虐な所業がありながら乱世の英雄として支持する人が多いことを思えば、あり得ることと思えます。
しかし、本書ではその点には殆ど触れておらず、悪逆非道な恐怖の支配者、という扱いです。 やはり西側、特に英米の観点で書かれているのかなと感じました。 


「ヒストリアンⅠ,Ⅱ」 エリザベス・コストヴァ作 高瀬素子訳 NHK出版